50歳をむかえた「Gマーク制度」
柏木 博(かしわぎ ひろし)
デザイン評論家
模倣防止からデザイン重視へ
 「Gマーク制度」(現・グッドデザイン賞)が発足して今年で50年が経つ。デザインを国や公的機関が選定するという発想は、第二次大戦以前の1940年代に商工省(現・経済産業省)が当時のドイツにおける制度をモデルとして提示していたが、実現はしなかった。1957年にはじまった「Gマーク制度」は、発足の契機としては、戦前にはじまった発想とはやや異なっていた。  1957年、外務大臣だった藤山愛一郎が訪英した時に、日本の商品パッケージの中にイギリスのデザインを盗用したものがあることをイギリスから指摘された。また、同年、パリの国際自動車ショーに出品したプリンス・スカイラインがやはりデザインを盗用しているとの指摘を受けた。こうした一連の出来事を背景にして、通産省(現・経済産業省)は大臣の諮問機関として意匠奨励審議会を設置した。その結果、同年に、デザイン模倣の防止とともにデザイン奨励を目的として「Gマーク制度」がはじまった(管轄は特許庁)。
 1960年、通産省はおよそ600ページちかくにおよぶ『産業とデザイン』という冊子で、日本のデザイン振興に関する調査と報告をまとめている。この中で、「Gマーク制度」の概要と製品を紹介するとともに、日本における海外製品コピーの実例も同時に紹介している。こうした冊子にも、「Gマーク制度」によって、海外で日本製品の信頼を獲得しようとする意図が反映されている。つまり、意匠権を無視することが、いかに欧米先進国から不信を買い、蔑視を受けるかを強く意識したのである。
 所管についても、1959年に特許庁から通産省通商局に移され、さらに1969年には「財団法人日本産業デザイン振興会」に移されている。つまり、デザインの意匠権の問題からはじまった「Gマーク制度」が、デザイン振興を旨とし、国で管理することからしだいに法人組織へと移管した段階で、デザインを重視する目が日本の産業の中で定着しはじめたとみていいだろう。
 
「Gマーク」とこれからのデザイン
 しかし、「Gマーク」に選定された製品について、1970年代末頃まで、あちこちで言われたことは、「使いにくい」ということであった。つまり、「見た目はいいけれど……」という感想あるいは印象が、それとなくあったということだ。「Gマーク」製品に対するそうした感想や印象が薄らいでいくのは、1980年代のバブル経済時代あたりだろう。それは、いわゆる「ポストモダン」と呼ばれることになった遊戯的なデザインや、異常なまでの多機能製品が氾濫する中で、「Gマーク」製品が比較的ニュートラルなデザインとして位置づけられたからだろう。また、1990年代以降、その対象とされる製品も住宅など大きなものにまで広がることで、「Gマーク」製品が、領域としても量的にも増え、人々の日常の中に入り込んだと言える。
 かつて、イギリスでは、グッドデザインに三角のタグをつけ、「買う前に見なさい」という啓蒙的な運動を行った。日本の「Gマーク」もまた、消費者にとっての購入の目安としてもらいたいということが、かつては目的のひとつとしてあったはずだ。しかし、今日の状況をみていると、「Gマーク」は、さほどの堅苦しさもなくなり、人々によく知られるようになり、いわばポピュラーなものとなっている。それは、日本のデザインがポピュラーなものになったことと対応している。では、今後、日本のデザインはどんな方向に向かうのか。それはこれからの「Gマーク」の課題でもあろう。

 
柏木 博(かしわぎ ひろし)
1946年神戸市生まれ。武蔵野美術大学卒業。現在、武蔵野美術大学造形学部教授、デザイン評論家として活躍。専攻は、近代デザイン史。主な著書に、『家事の政治学』(青土社)、『デザインの20世紀』『ファッションの20世紀』(日本放送出版協会)、『20世紀をつくった日用品』(晶文社)、『肖像のなかの権力』(講談社学術文庫)、『日用品の文化誌』(岩波新書)、『色彩のヒント』(平凡社)など。
また、当サイトにて、好評連載コラム『NSデザイン・ミュージアム』を執筆中。