新田太郎 戦後ニッポン「ものづくり」流行史
 
第12回
習慣と流行のはざまで〜電気掃除機の普及〜
1 キカイに掃除をさせるなんて・・・
 掃除機は洗濯機や冷蔵庫と並び、今日、最も広く普及している電化製品の一つである。そのため、昭和30年代前半の家電ブームを象徴する、洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビからなる「三種の神器」の一つに数え、高度経済成長と共に普及した製品と誤解なさっている方も数多くいるようだ。
 ところがこの掃除機、本格的に家庭へ普及したのは、昭和40年代以降のことだった。その頃の状況を「日刊工業新聞」の記事から見てみよう。
もともとクリーナーは家電製品のなかでも普及テンポのおそい組、同じ家電製品でも洗濯機は衣生活の合理化、冷蔵庫は食生活の合理化に直結する機能が買われてかなり速いテンポで普及したが、掃除機は障子、ふすま、畳で構成される特有の住宅様式とハタキ、ぞうきんによる伝統的な掃除法が障害となってスタートから大きなハンディを背負わされていた。
 (「日刊工業新聞」1967(昭和42)年11月1日号)
 わが国で掃除機が最初に発売されたのは1931(昭和6)年、芝浦電気で製造されたアップライト型の掃除機である。その後33年には日立製作所からハンディ型の製品も登場した。
 1923年(大正12)の関東大震災後の家庭電化ブームによって製造が開始された一群の商品と同じく、戦時体制が進む中で製造が禁止され、戦後に進駐軍向け商品として復活した。
 しかし家電ブームが沸きおこった昭和30年代の環境では、住宅様式に依存する掃除という家事労働は、洗濯や食品貯蔵のように合理化されづらいものであり、また、ハタキをかけ、ほうきで掃き、雑巾で拭くという家事労働の形式化された習慣が、その合理化を阻むものだった。当時、機械を使った掃除の省力化は、多くの「主婦」にとって、家事に対する怠慢と考えられていたのである。
 さらに普及し始めの掃除機は、躯体が大きく取り回しに不便で、出力が小さく密閉性が低かったのでゴミの吸引力が弱く、吸引力の維持に必要な1日1回のゴミ出しの処理が面倒で、静寂性を欠いていたという状況で、製品としての魅力に乏しいものであった。家電メーカーや電力会社は、この市場を開発するために、以下のような付加価値を問わなければならない状況にあった。
変わった使い方
(1) 屈曲の多いパイプ管の中に呼鈴の線などを通す時、紙の玉をひもにつけて吸わせ、そのひもの先に線をつけると便利。
(2) クモ、油虫をはじめ、天井にとまったハエなど、付属品の先細管でシュッと正にハイさようならです。ついでにDDTをすわせれば彼らは安楽死?です。
(3) 吹出口を利用してのヘアドライヤー。
(4) 同じくおふろやストーブの火起こし。
(5) DDTの筒型容器の底に吹出口をつけてありの穴などに。
(「電化のXYZ〜電気器具を上手に使うために」東京電力 1959(昭和34)年)
(1)はともかく(2)はその後の処理を考えるとやや難がある提案である。掃除機の排気口に管を差し替えてブロアーとして使う(3)から(5)の提案のうち、(4)(5)の使い方は薪木や噴霧器が必要であった時代を物語り、(3)にいたっては現在のわれわれからはシュールな使い方とも思えてくる。
VC-A型 (1931年/東芝)
東芝が芝浦製作所時代にGeneral Electric社製をモデルに開発したアップライト型掃除機の国産第一号。価格は110円で当時の大卒初任給の約2ヶ月分であった
(画像協力:東芝科学館)
2 「家風」からの開放
 昭和30年代を通して、普及が伸び悩んでいた掃除機であるが、昭和40年代前半から、その普及率は急速に伸びていく。(表)にあるように、東京都では1964(昭和39)年に58.4パーセントだった普及率が、65年に65パーセントとなり、66年に75パーセントに迫り、68年に80パーセントを超過して、70年には85.9パーセントとなった。
東京における家電普及率(1964〜1970)
*「東京都生計調査 特別調査 耐久消費財の普及率、平均数量、この一年の購入実績および今後一年間の購入計画」  (『東京都統計年鑑』昭和39年度〜45年度版より抜粋)
先に見た「日本工業新聞」は、その理由を以下のように挙げ、それを分析している。
(1) 電化生活が一般化して新たに掃除の合理化、主婦の労働力軽減に対する認識が強まってきた
(2) 住宅様式が洋風化し、年間百万戸といわれる新築家屋で構造そのものが密閉型になってきたほか、ジュウタンを利用する家庭が増えてきた(ジュウタン普及率は東京で58.5%、大阪で62.9%)
(3) 宣伝媒体を通じて掃除機の知名度がたかまってきた
(4) 新技術の採用で性能が向上し、次第に使いやすくなってきた、などからハンディが一掃された格好となり、需要が加速度的に伸びるようになった
(5) 需要の中心は七割が75%を占める新規需要、とくに年間120万組といわれる新婚需要と都市化の波が押寄せている地方中小都市の需要が目立つ
 昭和40年代にいたって、電気掃除機が普及した理由には、以上のように、使い手の認識と環境の変化、供給先であるメーカーによる知名度と性能の高度化があげられる。
 使い手の変化は、需要の中心であった新婚家庭および地方中心都市に起こったとされており、その変化の原因として、核家族化の進行をあげることができる。
 核家族となった世帯は、「家」を単位として代々受け継がれてきた「家風」という生活様式から解き放たれて、自由に生活できるようになっていた。
 核家族の主体となった第二次世界大戦終戦(1945年)前後生まれの世代は、進駐軍やテレビドラマを通じて、アメリカ風のライフスタイルにあこがれて育ち、自らそれを実践するようになっており、家事労働のうち、伝統により合理化に否定的であった掃除に対する認識も、こうした流れで肯定されるようになっていた。そして住宅にも洋風化の波が押寄せ、カーペットやアルミサッシが普及し、ほうきとハタキによる掃除方法に不都合な環境が出来上がっていた。
 洗濯機、冷蔵庫をはじめ、炊飯器、ミキサー、ジューサー、そして白黒テレビなどを普及させ、市場開発能力を高めていたメーカーは、これに続く目玉製品として掃除機に重点を置き、宣伝によるイメージの伝達によって消費者の買う気を喚起し、技術開発による機能の付加によって消費者の買う必然に応えていった。
3 習慣を変えるイメージ
 1958(昭和33)年に不二サッシがアメリカから技術導入したアルミサッシは、61年に規格化され、一般住宅に用いられるようになった。岩下重昭が調査した日本アルミサッシ協会の推定資料によれば、木造住宅のアルミサッシ化率は65年に11.3パーセント、66年度に20.5パーセントと伸び、74年には87.6パーセントに及んだとあり、掃除機と歩調をあわせる様に普及したことが知られる。
 このように住宅の密閉化は進んでいったが、ルームクーラーの普及率は、東京都の数字でみると66年に0.2パーセント、67年に0.6パーセント、68年に2.6、69年に3.8、70年に4.3パーセントと伸び率が低く、夏季には住宅を密閉せず外気を導入し、扇風機などに送風させて涼を得るという方法が従来どおり採られていた。ローラー式のカーペット用掃除機も普及しており、必ずしも電気掃除機が必要とされていたわけではなかったようだ。
 それにも係わらず掃除機が普及した理由に、メーカーによるイメージ戦略による流行の創出が挙げられる。
 この頃の家電をめぐる状況は、本コラム第1回で紹介した「家具調テレビ」に連なる家電製品の和風ペットネームの流行に見ることができる。この流行は、1964(昭和39)年に松下電器産業から発売されたステレオ「飛鳥」を嚆矢とし、65年の家具調白黒テレビ「嵯峨」(松下電器産業)で爆発した。その後、洗濯機の「琵琶湖」(三洋電機)、クーラーの「上高地」(東芝)などが出て、電化製品に幅広く採用されるようになった。掃除機も例外ではなく、67年には三菱電気から「風神」(型番TC-1100 )が出ている。
 和風ネームの流行は、白黒テレビや洗濯機など、技術面において既に成熟していた市場の商品においてその付加価値を高める意図で盛んであったが、クーラーや掃除機などの若い市場では、機能の充実と共に、製品に親近感を持たせる意味合いで採用された。
 プラスチックボディを採用し軽量化をはかり、中折れ式のボディでゴミを取り出しやすくした「風神」もそうだが、ゴミを圧縮する機能で集塵能力とゴミ処理の簡略化を果した68年の「太郎」(三洋電機 型番SC-3000)も、その好事例である。
 これらの名前から、どんなイメージが持たれたのだろうか。当時の広告には以下のような文字が躍っている。
これがいま全国の奥様に旋風を巻き起こしているクリーナー
お隣の奥様も お買いになりました!
 (三菱電機広告 「毎日新聞」1967年12月13日号掲載)
 
太郎は力が強く働きもの 奥さまのよきパートナーになると信じています
 (三洋電機広告 「毎日新聞」1968年6月29日号掲載)
 「風神」は、風をコントロールする風神のイメージを持たせたネーミングで、力強く埃を吸引する掃除機の機能を現わしたのだろう。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」にみられるような、その荒ぶる神の姿から鬼神と誤解されたのか真っ赤な色で、袋を連想させる真っ白な色のホースが好対照である。
 日本人の名前というより、日本人の飼うペットのイメージが強い「太郎」は、主人に忠実な犬のように、リードを連想させるホースが伸びた絵が広告に載せられている。
 ハタキ、ほうき、雑巾からなる掃除法に長く親しんでいた習慣と、洋風生活の流行のはざまを埋めるイメージとして、古来の神やペット(あるいは典型的な日本人)の名が使われた事例から、畳にカーペットを敷き、靴を脱いでフローリングにあがる、日本独自ライフスタイルが見えてくるような気がする。
 
TC-1100 風神 (1967年/三菱電機)
胴体2分割・オールプラスチック製を特徴とした掃除機。小型軽量化とチリ処理の簡易化で大ヒットとなった
SC-3000 太郎 (1968年/三洋電機)
業界初のカセット集塵方式掃除機。吸い込んだゴミをカセットに圧縮してゴミの塊をつくるので、簡単にゴミが取り出せる仕組みであった
 
文献
・『電化のXYZ〜電気器具を上手に使うために』東京電力 1959(昭和34)年
・岩崎景春編『日本電気工業史 2巻』社団法人日本電気工業会 1970年
・岩下繁昭『日本における住宅部品産業の発展』http://www.monotsukuri.net 1999年
・三洋電機株式会社編『三洋電機三十年の歩み』1980年
・三菱電機株式会社社史編纂室『三菱電機社史』1982年
・社団法人家庭電気文化会『家庭電化はどうすゝんだか』1960年
・新田太郎「家具調テレビの登場」(新田太郎 田中裕二 小山周子『図説 東京流行生活』 河出書房新社) 2003年