新田太郎 戦後ニッポン「ものづくり」流行史
 
第2回
「花柄ブーム」の立役者・魔法瓶
魔法瓶ことはじめ その名は「魔法器」?
 「魔法瓶」という少々古めかしく、そして不思議な響きのある製品は、現代の日本の家庭において、どのように定義づけがなされているのだろうか。ドライブやピクニック、または遠足など、アウトドアでの利用を見越したステンレス製の保温・保冷ボトルのことを指すのだろうか? お茶やコーヒー、またはインスタント食品を作る時の湯を沸かして保温する電気ポットのことを指すのだろうか?
 これらの道具は、ある程度の年代の方であれば、中をのぞくと黄色味がかった銀色で、独特の匂いがするガラス製の魔法瓶の発展形であることが直感できるが、そう感じる世代は、どのくらいまで上がってきているのだろう。しかし魔法瓶は、第二次世界大戦後(1945年)しばらくの間、日本人の生活必需品として、消費されていった製品なのである。
 ガラス製の2重になった瓶の中間に鍍金(めっき)を施し、真空にして温度を保つ魔法瓶の原理は、1880年代のヨーロッパで開発され、1904年(明治37)、ドイツのラインホルト・ブルガーが「テルモス」というネーミングで商品化させた。日本には明治末期に輸入され、真空の技術を持つ電球会社の社員によって国産化された。まもなく第一次世界大戦が勃発(1914年)、ヨーロッパの混乱によって、国産の魔法瓶工業は急成長した。この頃は「魔法器」と呼ばれていたらしく、「魔法瓶」の名称がいつから使われだしたのかは定かではない。
 この時期の魔法瓶の需要は、ヨーロッパ、アメリカ、中国での保温用の細口瓶、インドや東南アジアでの保冷用の広口瓶が主で、国内向けは行楽目的のものなどに限られており、初期の国産魔法瓶製造業は主に海外への輸出に向けたもので、製造業者はガラスを真空にする技術の集積地である大阪に集中していた。戦時中には奢侈品として、製造が統制され、1943年(昭和18)に製造業者は日本魔法瓶統制株式会社に整理された。
 戦後、日本の産業がGHQの管理下におかれ、47年に民間貿易の再開が部分的に許可されたが、その中で魔法瓶は指定輸出品とされ、欧米やアジア、中南米への輸出を増やしていく。国内向けの商品も開発されていき、55年以降には内需が外需を上回っていった。高度経済成長の波に乗った形で行楽用の需要が伸びたほか、生活の洋風化の流れによって、欧米風に卓上に魔法瓶を置いて使用する習慣が定着していった。
華道四大家元の作品付きも登場
 生産が年間1000万本を超え、急成長に翳りがあらわれていた1967年(昭和42)、ナショナル魔法瓶が、ケース部分に花柄をあしらった魔法瓶を発表した。食器類や贈答品類に花柄のものが出回るようになっているなか、これが市場で大いに受けた。象印マホービン、タイガー魔法瓶、ピーコック魔法瓶などの大手メーカーもこれに続き、折から普及が伸びていた広口魔法瓶を使った飯米保存用のジャーと卓上魔法瓶とあわせて、この業界に「花柄ブーム」が沸き起こった。当初は小紋調のおとなし目の柄であったのが、各メーカーがこぞって新柄を発表し、振袖の柄のように大柄のもの、幾何学模様風のもの、サイケデリック調のものなどさまざまな花柄の魔法瓶が市場に「花」を添えた。中でも異色なのは、象印マホービンの「エールポットいけばな」シリーズで、これは、華道の四大流派(池坊、小原、草月、未生の各流派)、の家元の作品の写真がプリントされたものだった。
 その後魔法瓶メーカーによる花柄商品は、ホーロー鍋や米びつなどに及び、60年代後半から70年代初頭を通じて全盛を極めるが、時間が進むにつれその柄は図案化され、落ち着いたものになり、むしろ給湯の方法を空気式にしたり電気式にしたり、または高さを押さえ径を太くするなど、機能面での充実が図られた。70年代後半からは、無地の製品も目立つようになり、80年には電気で加熱・保温するタイプの製品が登場、現在の家庭用電気ポットの原型がここにできあがった。
 一方、従来型の製品にも、技術革新が図られた。野外などに携行する、ポータブル式のポットの弱点は、ガラス製の中瓶が振動に脆いことにある。そのためケースに振動を弱める工夫をしていたものの、それではポットの小型化に限界がある。そこでアメリカで軍用に開発されたステンレス製の中瓶が注目された。そして80年ごろに量産時における種々の問題が解決され、ステンレス製がこの分野での主流の方式となった。これにより、ケースがプラスチックからステンレスに変化したため、子供向けの魔法瓶の柄が少々シックになったりもした。
 魔法瓶は、人々の生活様式に合わせて技術革新を図り、その姿を変えていった。近年では、電気式の卓上ポットにインターネット技術を応用し、老人の安否確認ができる商品が登場し、話題となったりもしている。魔法瓶という日用品の変化を通して、日本人の生活様式の変化を垣間見ることができるのである。