柏木博 NSデザイン・ミュージアム
 
第12回
電子レンジ-150万年来の新しい加熱器具
食品と調理を変えた器具
 旅客機のガレー(調理室)や鉄道のキッチンなど、最小限のスペースでの温かい食べ物の準備は、電子レンジを使い、レトルト食品を短時間で温めることによっている。
 電子レンジ(マイクロウェーブ・オーブンmicrowave oven)の発明は、食品のあり方を決定的に変化させてしまった。また、調理の手順を変えてしまったともいえるだろう。
電子レンジ料理の模索
 電子レンジが日本で登場したのは、1961年のことである。東京芝浦電機(現:東芝)は1956年に研究を始め、1959年に試作品をつくり、翌1960年には大阪国際見本市でデモンストレーションした。そして次の年、市場に出したのである。1962年には、国鉄(現:JRグループ)の食堂車で使われ、1964年のオリンピックにあわせて開業した東海道新幹線にも採用されたという。当初は、レストランなど業務用であった。デザインも現在の電子レンジとは少し異なり、縦長の大きなものであった。価格は80万円。1962年に業務用として量産されたシャープの製品も、それよりは廉価とはいえ、54万円であった。こちらも、新幹線のビュッフェや、東京オリンピックの選手村などで使われたという。シャープの方が今日の電子レンジの形に近いが、アメリカの電子レンジのデザインをあるいは参考にしたのかもしれない。
 家庭用のものが登場したのは1965年のことである。その翌年の1966年、シャープは、家庭用の電子レンジR-600に世界で初めてターンテーブルを採用した。これは加熱ムラを削減し、料理全体に熱が通る画期的なデザインであった。

DO-2273B(東京芝浦電気株式会社 1961)

R-10(シャープ株式会社 1962)

R-600(シャープ株式会社 1966)
(※画像をクリックするとメイド・イン・ジャパン データベースを起動します)
 ところで、チャールズ・パナティは『日常的な事の驚くべき起源』(Charles Panati, Extraordinary Origins of Everyday Things:Harper &Row, 1987)の中で、「電子レンジは、150万年前に<ホモ・エレクトス>が火を発見して以来のまったく新しい調理方法の最初のものである」と述べている。それは、マイクロウェーブによる料理は、直接的にも間接的にも火を使わないからだとパナティは指摘している。そのために、当初、電子レンジでどのような料理ができるか、メーカーは悩んだ。そこで、電子レンジを使った料理のアイデア募集キャンペーンなどを行った。つまり、この新しい加熱器具による新しい料理を考案しようとしたのである。
 実際、電子レンジでなければつくれない料理というのは、存在しなかった。焼く、煮る、蒸す、炙る、炒めるといった加熱法は、伝統的な料理の加熱法であり、いうまでもなく、電子レンジ以前に確立されていたからだ。しかも電子レンジでは、焦げ目や焼け目はつけられない。  余談だが、筆者がニューヨークのアパートで生活した時には、料理用加熱装置はガスを設置しておらず、電子レンジと電熱器しかなかった。煮物や揚げ物、炒め物はできるが、「焼き魚」ができない。なんだか物足りない加熱装置だと思った。最近普及したIH(Inverter Heater)も焼き魚ができないので、なにかしら物足りない感じがする。
 やがて、電子レンジでしかつくれない料理を探すのではなく、電子レンジの加熱の特性を活かした料理へと目が向けられることになった。そのなかでもっとも早く広まったのは、冷凍食品の解凍とレトルト食品の加熱であった。冷凍食品もレトルト食品も、アメリカでは戦前から存在していたが、電子レンジは、これらに対して、圧倒的な時間の短縮を実現したのである。
焼き殺し兵器からはじまった
 マイクロウェーブそのものは、戦前から研究されていた。マイクロウェーブのエネルギーをつくりだす電子管(マグネトロン)は、最初の電子レンジが誕生する10年前から使われていた。ジョン・ランダルとH・A・ブートによって発明され、バーミンガム大学で完成された。「この二人の科学者の考えは、どうやって七面鳥をローストするかということではなく、ナチスのガチョウを料理するか(ナチスをどう始末するか)ということに焦点が当てられていた。マグネトロンは、第二次世界大戦中、イギリスのレーダー防衛に不可欠なものであった」(パナティ、前掲書。括弧内筆者)。実は、マイクロウェーブは兵器として開発されたのである。
 マイクロウェーブは、食品中の水分子を分極させ、+極と−極の電気双極子をつくり、それを振動・回転させ、分子間に摩擦熱を引き起こす。電子レンジは、この熱を利用しているのである。
 最近でこそ、電子レンジはなぜ熱を生み出すのか、という不思議を電気店の店員に問いただすお客はほとんどいなくなったが、かつては、「なんで、加熱できるの」と聞くお客が少なからずいた。そして、この質問に、ある程度納得のいく答えをしてくれる電気店の店員は、ほとんどいなかったと記憶する。現在では、そうした質問をするお客の方がほとんどいなくなってしまったが、それは、その加熱のシステムについて誰もが理解したからだとは思えない。
 ここのところが、新しいものとそれを使う人との間の面白い現象である。新しいものが登場すると、それを成り立たせているテクノロジーの不思議さに、誰もが目を向ける。ところがそれが普及し生活に浸透すると、今度はあたりまえのものとして、その仕組みの謎にはほとんど興味を示さなくなり、ただの日常的道具として使うだけになってしまうのである。
料理時間の短縮装置
 マイクロウェーブが料理に使えることの発見は、まったく偶然の結果であった。パナティは、次のようなエピソードを紹介している。1946年、アメリカのレイセオン社の技術者であったパーシー・スペンサー(1894-1970)がマグネトロンの実験をしている時に、ポケットに入っていたチョコレートが溶けて柔らかくなっているのを発見した。そこで、彼はポップコーンの穀粒を電子管のそばに置いた。すると数分で研究室の床で穀粒がはじけた。次に彼は生卵を使って実験する。これも調理できることがわかり、料理に使えることに気づいたのである。
 そこでレイセオン社は商業用の電子レンジの開発に取り組み、1947年に「レーダー・レンジ」という名称で製品化した。しかし、これは、冷蔵庫ほどに巨大で、調理スペースはほんのわずかしかなかった。実際、日本の最初の電子レンジも似たようなものであった。
 アメリカでは家庭用の電子レンジは、1952年に発売された。1958年にタッパン社で発売した400型レンジは、今日の電子レンジの基本的なデザインを実現していた。だが、タッパン社のレンジは1295ドル(1ドル360円の時代)と極めて高価だった。
 電子レンジは、新しい加熱システムとして、結局のところ特有の料理を生み出しはしなかった。しかし、それは、加熱時間を短縮してレトルト食品の普及をうながすとともに、他の加熱に関しても手順を変えてしまった。たとえば、ほうれん草などの「おひたし」類もできるし、茹でトウモロコシも皮付きのまま入れるだけでできる。こうしたことは、すべて、電子レンジによる短時間加熱料理として、いまや一般化した。つまり、電子レンジは新しい料理を生むのではなく、時間の短縮をしたのだ。
 あらゆることがらに時間の短縮を目指した20世紀という時代に電子レンジは対応していた。そうした意味において、それは、きわめて、20世紀的な装置のひとつになったと言えるだろう。
(「電子レンジ-150万年来の新しい加熱器具」終わり)