柏木博 NSデザイン・ミュージアム
 
第8回
テレビのデザイン(2)
キャビネットからモニタへ ー 存在を消す受像器
キャビネット型テレビ受像器
 日本でテレビ放送が開始されたのは、すでに半世紀以上前の1953年(NHK)のことだ。したがって、当然のことながらテレビ受像器もこの年に、家電メーカー各社から発売された。東芝、松下、早川電機(現:シャープ)などいずれも1953年に販売を開始しているが、なかでも早かったのは、早川である。テレビの研究を戦前から手がけていたということもそのひとつの理由としてあるだろう。
 同年に発売された東芝のテレビ受像器は、17型・14型・12型・7型の大きさのバリエーションを持っていたが、早川は14型のみであった。結果的には、日本の室内の大きさからして14型が手頃であるとされ(ただし、なぜ手頃であるかという明確かつ合理的な理由はわからない)、その後、しばらく14型が標準とされることになった。
 デザインは、東芝も早川もさほど大きくは変わらない。ブラウン管を囲む木製キャビネット型になっており、ブラウン管の下にダイヤル式のチャネル、音量操作用つまみが左右対称にレイアウトされている。それに対して、松下の受像器は、17型でブラウン管の下に大きめのスピーカーが配置され、やや全体に大きくなっている。ちなみに、早川の受像器が175,000円だったのに対して、松下の受像器(17型)は290,000円であった。国家公務員の初任給が7,650円の時代だから、いずれにせよ高嶺の花である。

白黒テレビ 73A型
(東京芝浦電気株式会社 1953)

白黒テレビ 17K-531
(松下電器産業株式会社 1953)

←白黒テレビ TV3-14T
(早川電機工業株式会社 1953)
 木製キャビネット型のテレビは、あきらかにそれまでの木製キャビネット型のラジオを原型にしていることがわかる。室内に置くことが前提となる家電製品において、木製キャビネット型のデザインが、ひとつの基本となったことは、家具デザインという考え方がながく残っていたからである。さらに言えば、初期のラジオでは、高級機はキャビネット型になっているものもあったが、ユーザーが購入後、家具商にカスタムメードでキャビネットを製作してもらうことも欧米では行われていた。
 ジャンルはまったく異なるが、1930年代まで冷蔵庫もまた木製キャビネット型であった。木製キャビネット型の冷蔵庫を、冷却装置をふくめて白い琺瑯(ほうろう)で覆った一体型のデザインにしたのは、インダストリアル・デザイナーの先駆、レイモンド・ローウイ(Raymond Loewy 1893-1986)である。このことによって、それまでの冷蔵庫とはちがって汚れが目立つようになり、清潔への感覚を高めたと、デザイン史家のアドリアン・フォーティは指摘している。
ポータブル・テレビ
 テレビ受像器の機能が大きく変わるのは、1960年のカラー・テレビの出現によってである。しかし、デザインの面でいうなら、同じ年に登場したソニーの「TV8-301」はきわめて特徴的なものであったといえる。この受像器は、モノクロであったが、世界初のトランジスタ・テレビで、重量が6キロ、8インチのポータブルであった。世界初のポータブル・テレビだといってもいい。
白黒テレビ8型 TV8-301(ソニー株式会社 1958)
 「TV8-301」はポータブルを前提にデザインされたので、バッテリーパックを装備し、乾電池でも駆動できるように考えられていた。さらにいえば、室内から出て屋外でも見られることを想定していた。この想定はソニーのひとつの特徴でもある。したがって、室内に置かれる家具デザインをイメージさせる必要がなかった。そのため、デザインは、それまでのテレビ受像器とはまったく異なる、通信機のモニタのような印象を持つものとなった。
 レイモンド・ローウイ事務所に勤務していたジェイ・ダブリンは、1960年代にこのテレビ受像器のデザインを高く評価している。当時、日本のデザインといえば海外のイミテーションが多かったなかで、この受像器はまさにオリジナルであったという。美しいデザインとは言えないが、誠実なデザインであるといった意味のことを当時述べている。
 それまで室内で使っていたものを屋外用にという発想がデザインを大きく変化させたわけだが、そうした発想は、1970年代末にデザインされることになる「ウォークマン」にもつながっているといえるだろう。
存在を消す受像器
 1960年に登場したカラーテレビは、50万円から60万円と驚くほどに高価だった。しかし、そのデザインには、チャネルや音量のダイヤルがブラウン管の下から横に移動し縦にレイアウトされるようになったという変化はあっても、大きな変化はなかった。その後、小さな変化としては、ダイヤル式(ロータリー式)のチャネルつまみや音量つまみが、プッシュ式のスイッチに変更されたことがあげられる。
 デザインのもっとも大きな変化は、家具デザインからの脱却であった。1980年にソニーが発売した「PROFEEL(プロフィール)」は、家具ではなく、まさにモニタそのものを強調したデザインであった。テレビを見るということは、テレビのキャビネットを眺めているのではなく、画面を見ているということであり、したがってモニタこそがテレビ受像器そのものであるということが意識化されたのである。ブラウン管を取り囲むキャビネットが取り払われ、内部をアルミニウム風のプラスティックで覆うというデザインとなった。
 実際、このテレビは「モニタ」というコンセプトから生まれたデザインであり、テレビチューナ、ビデオデッキ、ステレオアンプと接続して使う装置というものだった。そうしたコンセプトを表すように、製品名の「PROFEEL(プロフィール)」はいわゆる履歴のプロフィールではなく、「プロのフィーリング」という意味でつけられたといわれている。つまり、現在、コンピュータと接続して使うモニタと同様のコンセプトによって生まれたデザインだともいえるだろう。
カラーテレビ 「PROFEEL(プロフィール)」 KX-27HF1(ソニー株式会社 1980)
 「PROFEEL(プロフィール)」のようなモニタ型の受像器のデザインがその後のテレビの主流になっていった。1984年に登場した松下の「アルファチューブ」も 同じ系譜にある。しかし、この受像器のデザインの特性は、モニタを床の高さで見るとういうところにある。
 この受像器のデザインは、ヴィジュアルな作品を床に置くという傾向が1980年代に広がったことと無縁ではない。美術作品を壁に掛けるのではなく、床に置いて鑑賞するのである。このことによって、美術作品をいわばカジュアルに鑑賞することができる気分にさせたといえるだろう。美術作品のそうした扱いが広がったことと、受像器を床に置くデザインが生まれたことは同時代の現象だった。
 床置き型のテレビは、画像を見下げることになる。こうしたテレビの出現について、当時、テレビが見上げるものではなく、見下げるものになったという評論もなされた。つまり、それまでは、テレビの情報は、市民にとって上から流されるものであったが、いまや、床つまり下から流されるものになり、権威的なものではなくなったのだといった意見が語られたのである。
 しかし、そうした解釈がはたして正しかったのかは疑問であり、むしろ、美術作品を床に置くことが広がった傾向からの影響であったとみるべきだろう。つまり、美術作品を床に置くことと同様、テレビの画像を動く絵画あるいは版画と考える視点が「アルファチューブ」のデザインのコンセプトにあったのかもしれない。
カラーテレビ 「アルファチューブ」 TH28-D01X(松下電器産業株式会社 1984)
 1990年代に入ると、テレビ受像器の画面は、急速に拡大する。また、プロジェクターを使ったホームシアタが少しずつ広がる。こうした傾向とリンクしているのだが、モニタが軽量かつ薄型になっていく。このことは、液晶やプラズマを使ったモニタのデザインに反映されている。
 したがって、テレビは物質としてのデザインよりも、ますますモニタとして、できる限りそれ自体の存在を消して、画像表示だけを実現するようなものへと変化していくのかもしれない。
(「テレビのデザイン」終わり)